<俊恵法師の詠める歌>
よもすがら
物思ふころは
明けやらぬ
閨のひまさへ
つれなかりけり
またもや坊主だな。この時代の坊主は、なかなか風流なもんだな。
かの、鴨長明の先生であった・・という。
坊主は助平・・これは今に至る真理でごじゃる。歌がそれを証明しておる。
なんか、イロイロ物思うことがあって、閨でもイマイチ・・の夜じゃ。
「どうかいたしましたか?俊恵さま・・?」と、オナゴが問えば、
「いや、ナンでもない。こういう時もある・・」と、背中を向ける。
あんなに床上手、四十八手を駆使する俊恵さまが、
近頃はフニャフニャしちゃって、如何なされし・・と怪訝なオナゴ・・
「え!?またですか!!」と、カラダが壊れるかと思う激しい夜もあったのに
いまや、閨だというのに、つれない素振り・・
悔しい・・きっと新しいオナゴでも出来てしまったのね。
もうワラワのことは、賞味期限切れ・・・なのね。
坊さんと言うのは、人々にあまねく功徳を与えるお方ではなかったの?
背中など見せちゃって、このクソ坊主め!
カラダに火が付いているこのワラワは、いったい、どうしたらいいの?
と、悶々とする閨の中であったのだなあ・・。
こんな歌を、赤裸々に詠む俊恵という坊主は、
鴨長明に、いったい何を教えておったのであろうかのお・・?
のちに歴史に残る「方丈記」だぞ。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず・・」だぞ。
ああ、無常だぞ。切なく空しい世だぞ。
♪イムジン河水清く 滔々と流る・・と歌って自殺してしまった
加藤和彦を彷彿とさせるなあ・・ナンマイダブ!
つづく