弁: ええと、これは...『冬ごもりの最中に、春に咲く花を手に、
何度も何度も春が来るのを恋しく思う』...という感じでしょうか。
(あれ?でも温室のない時代に、春に咲く花が冬籠もり中の筆者の手に
ある訳ないですよね。ううん、何を恋しく思っているんでしょう...。)
家:万葉時代に温室があったかどうか、定かではござらんが、
まあ、ないと思うべし・・じゃろうなあ。冬ごもりの最中に、
何ゆえこの詠み人は、春に咲く花を、手折り持ち・・なんじゃろな?
手織りなら布の花じゃが・・
手で折り持つ・・じゃものな?手折り持ち・・って何じゃろ?
弁:手で木からぽきっと折る、というのを考えて
先程の解釈になったんですけれど、他の『手折る』ありますかね...。
家:骨折り損なら、いくらでも知っておるがのオ・・。
弁:...あ!手織るのが布の花なら、手で折るのは、紙の花でしょうか?
家:おお!着眼が、もはや弁護士のような鋭さじゃ。
弁:折り紙の文化なら、暖房完備の温室よりは、
万葉の春に存在する確率が高そうじゃないですか、家無様!?
家:なあああああるほど!折り紙ときたか!
確率という着眼もスンバらしいぞ。
もう一回、なああああああああああああああるほど!
折り紙の文化と言われれば、反論できぬ。検察庁もお手上げじゃ!
となればじゃ「冬ごもりしておるオナゴありけり。で、そのオナゴは、
春に咲く花の折り紙をして、それを手に持っている・・
というのじゃな!!いいじゃないの。さ、さ、先を続けて、続けて!
弁:冬籠もり中に春に咲く花を折って持ち、眺めながら、
何度も何度も春を恋しがる...という感じではないかと思います。
バックグラウンドを推理するならこの女の子...
(折り紙をするんですから、多分女の子です...)は、
きっともう家の中で冬を過ごすのに
飽きてしまったんですよ。それで手慰みに折り紙で花を折ったら、
余計に春が恋しくなってしまった、とかでしょうか?
家:反論の余地のない、みごとな弁護!じゃなかった、解釈でござるなあ。
では、「千たびの限り恋ひわたるかも」じゃが。
「千たびの限り」春を恋しがっているということかの?
「千たびの限り」は、「何度も何度も」てことなのかの?
でも、なんで「千回限り」なんじゃ?
つづく