<前口上>
今年は、源氏物語千年の年であるという。いろいろマスコミが囃したてるもんだから、
私も読んで見ようかしらん!と、これを機に読みだした人も多かろう。そういうワシも、過去何度チャレンジしては挫折したことか・・・
なぜ、挫折するか?単純に、メンドクサイからである。面白くないからとも言えよう。単語の意味を分かって、それで解釈しても、なんだかフ~ン、それで、どうしたの?・・としかならない。なぜなら、時代背景という「歴史的教養」がないからである。
源氏のストーリーは興味尽きない!と読破した人は言う。それは、いわゆる「素養、教養」というものが、備わっているからに違いない。そういうものを面白いと思うための力量が必要なのだ。高校時代にはチャンと古文を勉強していたとか・・
ならば、現代語訳で読めばいいと言う。でも、それは翻訳した人の解釈であり、必ずしも正確とは言えない(かも知れない。だって、カラマーゾフの兄弟は、新訳で再ブレイクしたのだ。村上春樹が訳すと、長いお別れも、ライ麦畑もヒットしてしまう。読みやすく、解りやすく、素敵に、とか翻訳者の意図がすでに入っているのだよ。)
やはり、原本そのもので味わいたい!ナマがいいのは、みな同じだ。
しかし、教養も何もない者が、勉強もせずに、いきなり取り組み、しかも、
けっこう楽しむにはどうしたらよいのだろうか?と、考えた!
あった!それは、いきなり接するということだ。前戯も何もなし、いきなり!だ。
そういう奴が、解釈したらどうなるのか?それを、私という人体で、実験してみることにする。さすがに、源氏物語は物語だし、文の長さが手に余る。解釈も何もできない。
しかし、「和歌」なら、どうだろう?5・7・5・7・7 合計でも31文字だ。
これなら、なんの素養がなくても、日本語だ、なんとかなるのではないだろうか?
万葉集には、莫大な数の和歌が掲載されている。そこで、まず、イチバン感情的にも共感できそうな「恋の歌」というものにチャレンジしてみる。さて、どうなるやら・・?